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2022.02.01

各種研究会

 

〈報告者より〉

 本報告では、埼玉県入間郡大井村(現・ふじみ野市)で戦後医療運動を展開した大井医院と大島慶一郎医師に関する史料である「大井医院・大島慶一郎関係資料」(以下、本資料と略す)を紹介することを通じて、地域に残る戦後史資料の可能性を探ることを課題とする。

 本資料は、大井医院が解体された2001年に、ふじみ野市立大井郷土資料館に運搬された。以後、本資料の調査・整理・目録作成が行われた。来年度、ようやく、目録を刊行する予定である。

 本資料は、大きく3つの柱で構成される。第一に戦後医療運動に関する史料である。大井医院の活動を示すものをはじめ、民医連関係、医療生協関係、「民主診療所」関連史料などである。第二に地域政治関係の史料である。大島医師が日本共産党所属の村会議員、埼玉県会議員を務めたこともあり、村政、県政に関する史料が残されている。第三に地域関連史料である。大井村・福岡村(現在のふじみ野市)、埼玉県内の史料がある。その他、大島個人に関係する史料、戦前のマルクス主義関係の雑誌なども残されている。

 史料の総数は、段ボール500箱を越えている。現在、公文書の保存・公開の重要性が問われているが、必ずしも地域における戦後史資料の保存・公開状況は充実しているわけではない。今後、この大量の史料の保管・公開をどのように進めていけばよいのか。本報告では、本資料の意義を明らかにするとともに、公文書だけではない戦後史資料をどのように保存・公開できるのかについても議論したい。(鬼嶋淳)



〈企画主旨〉

 世界中に広がった新型コロナウイルスをきっかけに、私たちの生活のあり方は一変した。メディアでは連日のように感染者数のグラフが示され、専門家のコメント、そして政治家の判断が報道される光景はもはや日常と化したと言える。この「新しい日常」のなかで、様々な対立を目にするようになった。それは、主としてウイルスの拡大に伴う行動制限の是非をめぐるもので、その様相は「専門家と市民社会の対立」「政治家と専門家の対立」というような単純なものではなく、専門家・市民社会・政治それぞれの内部にも複層的な対立をもたらしている。さらにその性質は国際社会や国家などのマクロレベルで考えるか、地域社会や家族などのミクロレベルで考えるかによっても大きく異なる。

 こうした対立の広がりは何を意味するのだろうか。その考察に際して、しばしばスペインかぜやコレラ、あるいは戦時の動員体制など、戦前の感染症や体制の歴史が現代社会の相似形として参照される。しかし、私たちの生活が戦後に生じた社会の大きな変化に依拠するものであるとするならば、それらに加えて戦後における医療と社会、生活、政治の関係性を歴史的に整理し検討することで、将来の医療のあり方を展望する議論を始める必要があるのではないだろうか。

 報告者の鬼嶋淳氏は、戦時期から高度経済成長を対象として、地域のあり方をめぐる対抗関係の変遷を検証し、戦後地域社会の形成過程を歴史学の知見から明らかにしてきた。その視座は、人びとが地域に於いて問題を提起し行動を起こした社会運動を基軸にすえて分析することで、「戦後」という激動期の地域社会を動態的に把握するというものだ。こうした観点に立ちながら、鬼嶋氏は埼玉県入間郡大井地域を事例とした地域形成と農村医療運動の歴史研究を行ってきた。

 鬼嶋氏は、その基礎資料として、大井郷土資料館に保管された「大井医院・大島慶一郎関係資料」の整理を2001年から20年以上に渡り進めている。この資料は、戦前に無医村であった大井村に設立された大井医院を拠点に農村医療運動を展開した医師の大島慶一郎(1908-1996)が残したものである。大井村は、1973年に65歳以上の「老人医療無料化」を実施するなど、戦後の地域社会における医療・福祉問題を検討する際に特徴的な地域といえ、大島はその政策の実現の中心に立っていた。共産党員でもあった大島は、朝鮮戦争下のレッドパージや村当局との対立、当時の共産党の武装闘争方針に対する村民達の厳しい評価を抱えていたが、診療活動を通じて村民から高い評価を得ており、こうした信頼を背景として運動を展開し、「老人医療無料化」においては普段対立関係にある保守派との政策協定を結ぶなどしている。大島の残した資料はこうした経緯を明らかにしており、地域の政治的な対立のあり方が医療を巡り複雑に展開する様相を伝えるものと言えるだろう。

 本研究会では、鬼嶋氏の研究チームが整理し、目録を作成してきた「大井医院・大島慶一郎関係資料」の意義と展望についてご報告いただく。鬼嶋氏(2019)は、「医療の「危機」は、突然、浮上してきたわけではない。「国民皆保険」制度が確立する以前の敗戦から1950年代にかけて、人びとは生活や医療をめぐり、よりよい環境を創ろうと模索し、取り組んできた」と指摘している。私たちの社会は「戦後」という期間に限定しても医療の「危機」とそのあり方についての対立を経験してきた。現代社会における医療と社会のあり方をめぐり、戦後史の資料を残すことにどのような意義があるのか検討をしたい。(文責:事務局)

 

参考文献

鬼嶋淳, 2019,『戦後日本の地域形成と社会運動――生活・医療・政治』日本経済評論社.