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2026.10.26

告知

文京学院大学との共同研究事業
ふじみ野市の戦跡まちあるきに参加

2026年9月19日(土)、公益財団法人政治経済研究所は、文京学院大学との共同事業の一環として、埼玉県ふじみ野市の上野台二・三丁目自治会のまちあるきに参加しました。


当研究所と文京学院大学は、共同研究「郊外まちづくりの現代史:ふじみ野戦後地域資料からみる『生きられた都市化』」に取り組んでいます。「大井医院・大島慶一郎関係資料(以下、大島家文書)」をはじめとする地域資料の保存・研究・活用を進め、2026年度は旧火工廠の戦後跡地利用を重点的な調査・研究の対象としています。

ふじみ野市立福岡中学校の校庭にて。

一行はまず、火工廠跡地にあるふじみ野市立福岡中学校の校庭を訪れました。校庭の敷地は周りの土地よりも低く、くぼみのようになっています。私たちはくぼみの上から校庭を眺めました。案内役を務める元中学校長の熊谷洋興さんによれば、このくぼみは、かつて火工廠を建設する際、爆発事故の被害を抑えるための防爆土塁を築くために、土を掘り取った跡なのだそうです。今は生徒たちが遊び、部活動に励む校庭にも、戦争中の痕跡が残っています。

火工廠で製造されていた陶製手榴弾(四式陶製手榴弾): 2024年10月26日ふじみ野市にて撮影

その後、火工廠の給水塔があった場所や跡地に残るヒマラヤスギ、かつての軍用道路などをたどり、現地で説明を聞きました。配布資料や地図、過去の写真と現在の景観を照らし合わせながら、火工廠とその周辺の移り変わりを学びました。参加者からは設備や樹木についての質問や、以前の風景に関する記憶も語られました。

給水塔跡地にて。給水塔は火工廠のシンボルとされ、2002年に保存運動が行われたが撤去された。

今は二本だけ残る火工廠時代から存在するヒマラヤスギ。現在はイオンタウンのシンボルとされている。

URコンフォール上野台団地の旧上野台団地壁写真前にて。

URコンフォール上野台団地にて。かつて上福岡第二小学校がこの地にあったことを伝えるモニュメント。

まちあるきは、身近な場所に残された歴史の手がかりを確かめ、戦時期の火工廠から戦後のまちづくりへとつながる地域の歩みを考える機会となりました。当研究所と文京学院大学が保存・活用を進める大島家文書には、戦後の地域医療や住民活動などの記録が数多く残されています。こうした資料からも、火工廠跡地の転用とともに変貌した地域社会の歩みをたどることができると考えられます。


福岡中央公園で保存されている軍用地の境杭。

ご案内くださった熊谷さま、上野台二・三丁目自治会の皆さまに、心より御礼申し上げます。当研究所は今後も、地域の皆さまや文京学院大学と連携しながら、地域資料の保存と活用、地域の歴史を学び伝える取り組みを進めてまいります。

文責: 柳啓明(研究員)